司馬江漢と山領主馬
2015年07月24日
司馬江漢と山領主馬の続きです。山領主馬が、1805~1812まで江戸に詰めていたので、写真の手紙は文化7年(1810)から8年までの間の手紙のようです。内容をみると、「○オルコル未だ出来かね、出来次第さし上げ可候・・・」とか「ドンケルカーモル 是は画を御習之御方なくてはならぬ者故、製し候て上げ申すつもりにて候、貴公様へも作り上げ可申候、エレキテルも随分近日中出来仕候」などと書いていることが読み取れるだろうか。
オルコルはオルゴールのことである。司馬江漢はオルゴール制作にも挑戦していた。ドンケルカーモルは、絵を画く人には必需品という、できたらあなたへも作ってあげましょうと述べ、驚くことにエレキテル(起電機)をも完成間際ということ。
ではドンケルカーモルとは何だろうか。
大槻玄沢に『蘭説弁説』(天明8年刊・1788)という蘭学の器物を紹介した書があり、そこには、使い方が以下のように出ている。
問曰く、箱の内に硝子の鏡を仕懸け、山水人物をうつし描ける器、この方にて写真鏡と呼べる者あり、本蛮製のよし、何と云ふものにや。
答曰く、これは「どんくる・かあむる」といふ器なり、此方好事家も往々擬製する者あり、甚工夫したる器なり、実に写真鏡の名、其所を得たり。
つまり、写真鏡のことだった。この写真鏡、別名のぞきめがねを使って書いた司馬江漢の『東海道五十三次』が、安藤広重の『東海道五十三次』のモデルになった。その辺の事情解説はまたあとで
ミヒェル先生に次のことを教えていただいた。
donkelkammer (オランダ語)= camera obscura (ラテン語)。当初は文字通りの暗い部屋でしたが、その後は小さくなりました。
オルコルはオルゴールのことである。司馬江漢はオルゴール制作にも挑戦していた。ドンケルカーモルは、絵を画く人には必需品という、できたらあなたへも作ってあげましょうと述べ、驚くことにエレキテル(起電機)をも完成間際ということ。
ではドンケルカーモルとは何だろうか。
大槻玄沢に『蘭説弁説』(天明8年刊・1788)という蘭学の器物を紹介した書があり、そこには、使い方が以下のように出ている。
問曰く、箱の内に硝子の鏡を仕懸け、山水人物をうつし描ける器、この方にて写真鏡と呼べる者あり、本蛮製のよし、何と云ふものにや。
答曰く、これは「どんくる・かあむる」といふ器なり、此方好事家も往々擬製する者あり、甚工夫したる器なり、実に写真鏡の名、其所を得たり。
つまり、写真鏡のことだった。この写真鏡、別名のぞきめがねを使って書いた司馬江漢の『東海道五十三次』が、安藤広重の『東海道五十三次』のモデルになった。その辺の事情解説はまたあとで
ミヒェル先生に次のことを教えていただいた。
donkelkammer (オランダ語)= camera obscura (ラテン語)。当初は文字通りの暗い部屋でしたが、その後は小さくなりました。
この記事へのコメント
はじめまして。 山領主馬と司馬江漢の記事読ませて頂きました。 私は
司馬江漢研究会を主宰しています。昨年、外国人記者クラブで第一回セミナーを立ち上げました。可能であればご意見の交換などさせていただきたく思っています。よろしくお願い致します。伊東市富戸1095-226
對中(たいなか)淳一。090-5604-8007
司馬江漢研究会を主宰しています。昨年、外国人記者クラブで第一回セミナーを立ち上げました。可能であればご意見の交換などさせていただきたく思っています。よろしくお願い致します。伊東市富戸1095-226
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Posted by 對中 淳一 at 2020年02月23日 13:21