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洋学

除痘館記録を読み解く

2015年07月25日

 洋学 at 07:59 | Comments(0) | 書評
◆緒方洪庵記念財団除痘館記念資料室編『緒方洪庵の「除痘館」記録を読み解く』(緒方洪庵記念財団除痘館記念資料室、思文閣出版、2015年6月10日、2300円)が出ました。第一部が「除痘館記録」を読むで、影印や現代語訳、解説があります。第二部に天然痘対策と除痘館活動として米田該典「天然痘との闘い」浅井允晶「緒方洪庵と「除痘館記録」の解説があります。第二部は大阪の除痘館の成立と展開として、米田該典「モーニッケ苗の伝来と展開」、浅井允晶「大阪の除痘館の記録」、古西善麿「大阪の除痘館の活動と官許」、古西善麿「尼崎町除痘館の創成と展開」、第三章牛痘種痘法の意義と役割として加藤四郎「エドワード・ジェンナーによる牛痘種痘法の開発」、加藤四郎「天然痘対策の今日的意義」、巻末に天然痘と大阪の除痘館関係年表を載せています。◆『除痘館記録』を影印本にし、現代語訳をつけていることにより、除痘館での種痘普及の努力と工夫にたいする理解を深めることができます。各論文も実証的で的確です。加藤四郎氏は、こうした種痘普及活動の今日的意義を予防医学の先駆と評価しており、同意できます。◆ただ、アンジャネッタ『種痘伝来』を参考文献にあげているのに、モーニッケ苗の我が国伝来日を正確に書かずに、旧来の説である嘉永2年6月ととどめているのは残念で、伝来日を6月23日と書いてよかったと考えます。おそらく種痘接種日が、楢林宗建の記録などには7月17日とあるので、日の特定に迷っているのだと思いますが、種痘接種日は伝来から3日後の6月26日でよいと考えています。◆今後の展開として、古西氏の尼崎除痘館の創成と展開にみられるように、大阪除痘館を基点とした除痘館活動、種痘普及活動がより解明されていくことが望まれます。たとえば、土佐の種痘は、緒方洪庵に学んだ門人らにより伝えられ、洪庵の義弟緒方郁蔵の門人84人中土佐出身者が26人おり、彼らの種痘活動もどのように進められていったか、より詳細に調査することで、種痘をきっかけに在村蘭学の広がりを図示することができると考えます。◆なお、隣の伊予宇和島では、江戸の伊東玄朴から送られた痘苗と道具により玄朴門人富沢礼中により進められました。このとき高野長英は伊予にいました。玄朴門人であった富沢礼中が高野長英を伴って伊予宇和島に戻っていたのです。四国でもさまざまなルートによって、種痘が村の中まで広がっていったのです。こうしたルートの解明もまた今後の課題です。
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